05.唇強奪犯






花の香りで頭がくらくらしそうになる中、唇に冷たい物が触れた。
背筋がぞくっとするけれど、何故か離れる事が出来ない。
それでも精一杯力を入れて掴まれている腕を振り払い、その手を相手の頬に向ける。

「っ!!」

頬に届くはずだった手は、容易く掴まれ逆に抱き寄せられてしまった。

「お前のようなか弱き力では私に傷ひとつつける事など出来まい。」

「あ・・・」

「・・・何故お前のような者が、龍神の神子の元にいる。」

耳の注がれる言葉はまるで何かのまじないのようで、身体の自由が奪われる。
それでも自由になるもう片方の手で、アクラムの胸元を叩いて逃げようと試みる。

「ほぉ・・・まだ抵抗する余裕があるのか。」

「は、離してっ!!

「まだ離すわけにはいかない。お前の心が私の物になるまでは、な。」



――― アクラムの物になんて絶対ならない!



そう言い切ろうとしたあたしの目の前に・・・仮面を外したアクラムが、いた。
その瞳は傲慢な言葉とは裏腹にとても寂しげな色をしている。

「・・・逃げぬのか。」

「・・・」



素顔を、見ちゃダメだった。
仮面に隠された瞳ならば、どんな事でも言えたし・・・出来た。

でもこの寂しげな目を見てしまったら・・・さっきのように振り払われた手を向ける事は出来ない。



唇を奪われるのと同時に、あたしは・・・何かを彼に奪われてしまったようだ。
だって、あたしを拘束していた手はもうないのに・・・この花の褥からあたしは、逃げ出そうとしていない。

「来い、。」





そして今日もあたしは彼の言葉に従う。

まるで・・・アクラムに操られている、蘭のように・・・





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